SBMAの会 球脊髄性筋萎縮症 患者会

文字サイズ

▲ページ先頭へ

ページ最後へ▼

< 病気発症に対する本音 >
[1] ケネディに宣戦布告をした営業マン 2006 3/16(木) 11:07:52
私は決して意思の強い人間ではありません。
逆にこの病気を発症して、怖くて怖くて仕方がありません。
第一に人間として人間らしく死ぬ事が出来るか。
第二に極力長生きをしたい。
どんなに無様な生き方をしようと生き抜きたい。
今でも、この2つの矛盾した狭間で悩み続けています。
せめて親の年齢以上は生きたい。
孫が成人するまで生き抜きたい。
私は煩悩の塊です。
特に、裸になった時の自分の全身を見た時は、無性に情けなく涙が出てきます。
この病気で直接は死ぬことはありませんが、死ぬ時はこの病気とは全く関係ない理由で死にたいと思っています。
この様に弱い人間です。
しかし、このままこの忌々しい病気に負けたくないと言う気持ちもあります。
1つだけ判った事があります。
この悩みは現在のところ、誰も本質的な解決を助けて呉れる人は居ない事。
悩みの解決は、最終的には自分自身しかない事。
しかし、自分自身しか悩みを解決出来ないのならば、私の持っているミトコンドリアがこの病気を発症させたのですから、必ず人間が本来持っている体のバリヤーシステムが機能すると信じて戦うしかないと決心しました。
その前に治療方法が確立するのを願って。

[2] Thirdlife thirdlife21@yahoo.co.jp 2006 3/17(金) 16:08:22
ケネディに宣戦布告をした営業マン様
お悩みのこと良くわかります。
私も多くの方を見取り、自分なりに死に対する整理はつけたつもりでおりました。
しかし1年位前のある夜、粘稠な喀痰が咽喉をふさいで呼吸困難になったことがありました。
そのときは家内が隣にいましたが何も出来ず、このまま死ぬのではないかと思ったとたん冷汗が出て、恐怖に襲われました。
普段は、もういい年でいつ人生終りになったとしても満足だと思っているつもりでしたが、本能の方がはるかに強力に働くことを思い知らされました。
人間は矛盾に満ちた存在で、いざとなると哲学もあまり役に立たないようです。
あまり役に立たないレスで申し訳ありませんが、何かコメントしたかったものですから。

[3] Vanguard 2006 3/22(水) 23:05:58
営業マン様へ
あなたの「生き抜きたい」と言う六文字の言葉が心に響きます。
私にとって、生きるという命題は、「なぜ、私なのか?」です。
「なぜ、私がこの病気なのか?」
都心の病院で、この病気の告知を受けた時は、頭の中が真っ白になりました。
それから何年も経ち、困難を乗り越えながら今日までまいりました。
困難がなくなることはありませんでした。
プロジェリアという遺伝子難病(人体の老化が非常に速く進行する難病)の患者である、アシュリー・ヘギさんのことは、ご存知かと思います。
彼女の言葉の一つに、「神様は、きっと理由があって私をお創りになったの」というのがございます。
15歳の娘さんの言葉ですが、私は、50歳を超えてもまだその「理由」が見つかりません。
しかしながら、最近になって少しだけ、その「理由」がわかってまいりました。
そこで、この掲示板に書き込むようになったのです。
私にとっては、「臨床試験をとことんやり遂げて、治療法が確立するまでがんばり通す」ということが、営業マン様の「生き抜く」ということと同意語でございます。